2025.08.16
吉田院長のけん玉BLOG
なぜ赤?けん玉の玉に秘められた4つの説
なぜ赤?けん玉の玉に秘められた4つの説

けん玉と言えば、玉の色は赤というイメージを持つ方も多いでしょう。現在はカラフルなけん玉が数多く出回っていますが、大正時代前期の発祥当時から昭和後期まで、玉の色は圧倒的に赤色が主流でした。

では、なぜけん玉の玉は赤く塗られていたのでしょうか。残念ながら、現在のけん玉を考案した江草濱次氏の記録は残っておらず、直接の理由を知ることはできません。そこで当時の資料や研究をもとに、考えられる4つの説を整理してみました。

太陽を表す説

赤は太陽を表す色であったとする説です。

新間英雄氏は『けん玉入門』の中で、

「そして球は例外なく赤色に塗られました。これはもちろん、太陽を現わし、日本を象徴したわけです。剣は黄色、これは日月の月からのイメージでありましょう。」
と述べています。ここでは赤い玉が太陽、黄色いけんが月とされ、「日月」の対比のイメージが示されています。

また、岡本トーイ研究所は『日月ボールの遊び方』の中で次のように記しています。
「日月ボールとはボールの色を赤と白とに分けて、赤玉は日(太陽)を表し、白玉は月を表すものとして、それを日月ボールと呼んだものと思っている。」

こちらは玉を赤と白に分け、その対比によって日と月を表現していたとするものです。

病気除けの説

日本では古くから「赤い色は病魔を遠ざける」と信じられてきました。

鈴木一郎氏は『けん玉』の中で、

「日本では古くから病魔の神は赤い色のものを好むという俗信があった。そこで少しでも早く病気を治すようにと、赤く塗られた玩具を枕もとに置き、病魔の神を子供から玩具に乗り移らせようとしたのである。」

と記しています。けん玉の玉もその伝統を受け継ぎ、子どもの健康を願って赤く塗られていた可能性があります。

三種神器・勾玉に由来する説

赤い玉は、日本神話に登場する三種神器の一つ「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」に由来しているという説です。

「瓊」という字は「赤い玉」を意味し、実際に八尺瓊勾玉は赤い瑪瑙(めのう)が素材として用いられたと考えられています。

江草濱次氏の子孫である江草収人氏は『日月ボールの概要』の中で、

「日月ボール特許出願前迄は陰陽ボールとも称して居たがイメージが悪く又その前には三種神器云々とも名付けて居たとのことである。」

と記しています。つまり、日月ボールの命名の背景には、神話的な勾玉のイメージも重ねられていた可能性があるのです。

昔のけん玉にも赤色があった説

現在のけん玉が考案される以前にも、大皿や小皿のない古いけん玉が存在していました。現存しているものはほとんどありませんが、これらの古いけん玉も赤色に塗られていた可能性があります。

つまり、赤い玉は江草濱次氏の発明時に初めて導入されたのではなく、それ以前からの伝統を受け継いだものだった可能性が考えられるのです。

まとめ

けん玉の名称として、日月ボール以前に「三種神器(云々)」と名付けられた記録があることから、けん玉を構造的に分解すると、玉・けん・皿胴に分けられ、その形を三種神器になぞらえて呼んでいたと考えられます。

その延長で、玉が赤く塗られたのも勾玉のイメージを反映したものであり、単なる遊具の彩色ではなく、神話的・象徴的な意味を帯びたデザインだった可能性が高いのではないでしょうか。

文責 吉田有法 
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