ボロボロになるまで使われたけん玉

ここに、昭和20年代の、使い込まれてボロボロになったけん玉があります。
本体には滑り止めとして絶縁テープが巻かれ、けん先がつぶれないように鉛筆のキャップが取り付けられています。さらに、技をやりやすくするために玉の穴はカッターで削って広げられ、大皿や小皿には切り込みが入れられるなど、随所に使い手の工夫が見て取れます。
これらは単なる傷みではなく、「どうすればもっと上手くできるか」を考え続けた痕跡です。手にした子どもが、何度も試し、悩み、工夫を重ねながら、この一本と向き合ってきた時間が浮かび上がります。
昭和50年以降、競技会の普及とともに、けん玉は画一化・統一化が進みました。規格に合わない加工や変形のあるものでは大会に参加できず、使い込んで愛着が湧いた頃には、新しいけん玉へと買い替えることが求められるようになっていきます。
かつて昭和の時代、けん玉は「楽しい」「安い」「壊れにくい」木地玩具として、子どもたちの身近にありました。壊れれば直し、使いにくければ自分で工夫する。そうして一つのけん玉と長く付き合う中で、“物を大切にする心”が自然と育まれていたのかもしれません。
今のけん玉は、種類も豊富で性能も高く、より洗練された道具になりました。だからこそ、このボロボロのけん玉が語りかけてくるものは、単なる懐かしさではありません。それは、ひとつの道具をとことん使い切るという、かつて当たり前だった向き合い方なのかもしれません。
文責 吉田有法 けん玉に関するお問い合わせ yoshida@daichinokai.com
