
けん玉の起源を探る旅へ
私はこれまで、フランスのビルボケ(けん玉)や中国のけん玉が江戸時代に日本に入ってきたと考えていましたが、調べてみると実はけん玉のような構造をもつ道具は、世界中に存在していました。
しかも、それらの多くは他の地域から伝わったわけではなく、それぞれの文化の中で独自に生まれていたことがわかりました。ここでは、その一部をご紹介します。

世界最古のけん玉が見つかったのは…まさかのグリーンランド
けん玉の起源には、イギリス、古代ギリシャ、中国、フランスなど諸説ありますが、現存する世界最古のけん玉は、実は北極圏にある西グリーンランドのウペルナビクで発見されたものです。その名は「AJAGAQ(アヤガック)」。
これは後期ドーセット文化(西暦800〜1200年頃)のもので、野生トナカイ(カリブー)の骨から作られています。

National Museum of Denmark
最古の記録が、北極圏の地に残っていたという事実は、まさに驚きです。
地図①北極圏の先住民(イヌイット)のけん玉AJAGAQ(アヤガック)
それから時代は少し新しくなりますが、最古のけん玉と同じエリアの北極圏の先住民(イヌイット)のけん玉も動物の骨や角で作られ、複数の穴が空いているのが特徴です。歌を歌いながら、決められた順番で棒を差していく遊びで、春分の日の季節行事や狩りの儀式にも用いられていました。どの穴に棒が刺さるかによって、獲物の居場所を占うなど、遊びと実用が融合していたようです。

筆者所蔵
地図② 北アメリカの先住民(インディアン)のけん玉 POMMA WONGA(ポマウォンガ)
「魚の精霊」を意味するこの道具は、若者たちが技を競い合う場であり、同時に占いや賭け事にも使われていました。中には、カヌーや奴隷、信仰の対象であるトーテムの銅板まで賭けに出すこともあったと伝えられています。

筆者所蔵
地図③ メキシコ先住民のけん玉 BALERO(バレロ)
プレヒスパニック期のマヤ族の間で、頭蓋骨を使って遊ばれていたとされるけん玉的道具。信仰や儀式との関わりもあったと考えられ、単なる遊びにとどまらない深い意味が込められていた可能性があります。

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地図④ ハワイ先住民のけん玉 PARAIE(パライエ)
ココヤシの葉を材料に作られ、幼少期から遊ぶことで、目と手の協調性を育てる教育的な役割も担っていました。自然素材と身体能力の発達を結びつけた遊びの一例です。

筆者所蔵
地図⑤ 北海道の先住民(アイヌ)のけん玉 ウコ・カリ・カチュ
ブドウの蔓、ササ、樹木の枝、丸棒など、自然素材を用いて作られました。猛禽類の爪やコンブを輪に使うこともあり、また、より難易度の高い“サヤカチウ”という小刀(マキリ)を使った遊びも生まれました。
もともとは熊送りの儀式(イオマンテ)の夜に、熊の第一頸椎に棒を通すという運試しの儀式が起源とされ、猛獣との対峙に備えた訓練としても活用されていたようです。

筆者所蔵
けん玉の起源は、私たちの身体の中にあるのかもしれない。
多くの玩具が、身近な自然物から生まれてきたように、けん玉もまた、ある特定の地域から広まったのではなく、世界各地の文化の中で、それぞれに自然と生まれてきた道具なのかもしれません。
不思議なのは、遠く離れ、互いに影響を与え合っていないはずの文化が、同じような「ひもでつながれた道具」を生み出していたことです。それは偶然ではなく、人間に共通する「ものを操る喜び」や「動きの美しさ」への感覚が、世界のあちこちで同時多発的に形を結んだ結果なのかもしれません。
けん玉の起源をたどることは、つまり人間の普遍的な感覚や身体性に向き合うことなのです。